2011年2月28日月曜日


西の空に



久しぶりに「戦場のメリークリスマス」を聴いた。車の中で。
ご存知、坂本龍一の作品だが、よく知っているあの「メリークリスマス」ではなかった。
それは、互いに向き合う二つの空気の層が、水のエネルギーを受けながら揺れている、
というか、水の流れを外から眺めているような、そんな印象を受けた。
一つ一つの音が水の中で揺れながら動いて、ゆっくりとした旋律をハモっているような、
聞きながら浮かんでくるイメージは、水の世界だった。









世界のあちこちでコンサートをすると、一番リクエストが多いのがなぜかこの曲だと聞いた。
第二次世界大戦下、ジャワの日本軍俘虜収容所内の出来事が舞台になっている映画の曲だ。
重い内容だからこそ旋律の美しい曲が辛く響き、戦争がもたらす悲劇を浮き彫りにしていた。

ふと、世界に目を転じると、
戦いは終わる事なくいつの時代もどこかで常に起きている。
チュニジアに始まりエジプト・リビア・・。
体制派と反体制派の武力衝突が始まり、双方に犠牲者がでている。
武器に頼るのではなく、対話で解決してほしい

2011年2月22日火曜日


Improvisation




奉納ライブに行って来た。
会場は湯殿山金剛珠院、盛岡市にあるお寺。
スウェーデンから来たDavid Stackenäs氏(ギター)と
ペンシルバニア在住の中谷達也氏(パーカッション)のデュオで始まった
即興Liveは、想像を超えていた。
拍子などの決まりなく、メロディラインもあるようでない・・
二人の感性が会場の空気を染めていく。

パーカッションのMr.中谷、
ありとあらゆる素材から奏でる音は、激しさと静寂さの中にワタシたちを包み込む。
20分以上も続くソロの部分を見ていて、不思議なことに気づいた。
「手抜きをしない」アクティブな動きは、キッチンで働く自分の姿と交錯する。
ソースパンのフタを開けたり閉めたりしながら、同時に隣のフライパンで肉や魚を焼く。
その間にオーブンの火加減を確認する・・・・。

汗びっしょりになって演奏する姿はプロの魂そのもので、
ワタシも同じように真剣に向き合う意識になる。


動画は19日に新宿で行われたLive







後半は住職による「声明」(しょうみょう)と盛岡勢とのDUO共演。
チューバ・ウッドベース・シンセ・サックスらの楽器が加わった。
お寺の空間をそれぞれの音が浮遊し始め、一人ひとりの魂が交信しているかのよう。

天井に曼荼羅の絵があった。
時には宇宙へのいざないも感じるような即興演奏は世界観が変わるようで、
まさしく曼荼羅ではないか、と思ってしまった。

頭の中で脳内革命が起きたかもしれない


2011年2月20日日曜日


今度は「蝶」






朝の最低気温がついにプラスになった。
見つけたのはまたしても掃除中のこと、キッチンの床でじっとしているモンシロチョウを発見。
踏んづけそうなので鉢の花へ移動させたが、
その後床で日光浴で気持ち良さそう。
土の中でじっと春を待っていた虫がモコモコ外へと這い出してくる時期なのだ
「啓蟄」春が近づいている実感がする。


夕焼けの雲




まぶしいくらいの明るい光が差した1日
終わりに待っていた、夕焼けの空。
見上げている間、西風にゆられ東の方へと移動する。

雲ひとつない晴れ渡った空・・と、天気予報でよく聞く表現
青空は誰にとっても嬉しいけれど、雲がある方が何故か落ち着く。
澄み切った空はたしかにさっぱりしていて気持ちがいいけれど、
所々に浮かんでいる雲の様に、想像力が湧いてくるような気がする。
一塊の雲が風と共に動いてゆくのを見ていると、
雲を、というより、風を見ていることに気づく。

2011年2月18日金曜日




キバラヘリカメムシ・・とか言うらしい。

新顔を発見したのは10日ほど前だった。
掃除機をかけながら鉢を動かそうとした時、オリヅルランの陰にいたのを偶然見つけた。
何となく、そのままにしてあげようと思い知らんぷりしていたのだが、
そのカメムシのことなどもうすっかり忘れていた・・・・。

今朝、鉢に水やりしようと近づいた瞬間、偶然その「奴」と目が合った。
(目が合うというのは正しいかどうかワカリマセン)
同じ場所に10日間もいるなんてどんな生態をしているのだろう!!
妙な感動を受け、しばらく観察していたが、夕方見てもまだ同じ場所にいた。

岩手に来るまで「カメムシ」という虫の存在は知らなかった。
あの特有の臭いを表現するのはむずかしいが、
一度嗅いだら忘れることはできないくらい嗅覚が敏感になる。
かつてはメキシコの王様の珍味、と言うのを聞いたことがあるが
ちょっとそれは遠慮しておこう、と思ったものだ。

薪の中の隙間にひそんで越冬する虫はけっこういる。
てんとう虫や蜂、もちろんカメムシも。
生き延びて子孫を残すための防衛本能なのか、そうやって厳しい冬に耐えている。
そんな状態で室内に薪と共に「侵入」し、暖かい状態に慣れた頃、
ブンブン飛び出してくるのだ。

そして今日、10日ぶりで見かけたのは「キバラヘリカメムシ」らしいことが分かった。
背中はカカオ色、腹の部分は奇麗なグリーン色、足の部分はカカオとグリーンのツートンカラー。
Artだ。

もう少し観察してみよう。
「ワタシはここにいる」のだから。

2011年2月16日水曜日




まぶしいほど晴れた朝の岩手山、いつもと違う角度から。

どこまでも広がる雪で整然と見える野原と田んぼ
春になって、一面緑に萌え上がる光景を想像できるだろうか。
気温が低い分だけ空気が澄み切っていて、別の姿を見せている。
自然は常に変化があり昨日と同じ日はなく、だからこそ飽きない。




水耕栽培




大根の胴体を切った部分からあれよあれよと伸びて、
ご覧の通り開花寸前。
人参やかぶなども同様についつい「水耕栽培」?してしまう冬、
室内の温度はさほど高くなくても、
今頃になると春を察知しつぼみをつける。
水に活けて1ヶ月のカットしたさつまいもも気持ちよさそうに根を伸ばし、
のびのび成長した葉と見事な蔓は、ちょっとした観葉植物になるから嬉しくなる。

やれ大寒だ、立春だと気づくのはカレンダーを見た後、
ということがよくある。
それよりも、
日差しの角度の変化や、小さな鉢の中の花の芽吹きに、時間の経過を実感する。
見えるようで見えない時間の流れにいるワタシたち・・・か。

2011年2月11日金曜日


「三寒四温」まではもう少し



春が何となく近づいて来ているような気がしていたのは早とちりだった。
昨日の朝の積雪、およそ20㎝もあっただろうか。
暖かくなるにつれて降る、いわゆる春の雪は湿っていて重い。

うんと寒く積雪の多い冬は、意外と雪解けが早く
春の訪れも早いと教えられたことがある。
雪が土を覆う分だけ土の中の温度もしっかり守られ、
地熱が上がってくる春に一気に溶け出すのではないかということだ。

教えてくれたNさんは数年前に亡くなってしまったけれど
林業を長くやっていただけに自然を読む目も確かだった。
「人生70年もやっていれば、冬も70回経験しているからな・・」
なるほど。 
彼の予言を楽しみに春を待つ事にしよう。

それにしても、背筋まっすぐ空を見上げている木立の面々
朝日を受け何を想う・・・。

2011年2月4日金曜日


立春に・・・



「モッタイナイ」運動を通して環境保護活動を世界に広めたのは
マータイさんだが、
いつの時代も何気なく言ってたような気がする。誰でも・・。
節約は美徳と言った時代を経てバブルジャパンになった時、
消費は 美徳と言った人もいるとか。
でも違うよねぇ、
資源は有限なのだから大切に使わなきゃ・・・。

って、ことでもないのだが、せっせと食べた後の伊予かんの『皮』
「伊予かんピール」にしました。
2回湯でこぼし、同量のグラニュー糖で煮詰めた後、
冷まして乾かしバットに並べ、またグラニュー糖をまぶす。

姿形を変えて、伊予かんは次なる出番を待つのみ。
ヨーグルトのトッピングも美味しいけれど、
春のケーキに登場予定 乞うご期待 (誰が)



窓に誰かが・・



換気扇をつけずに仕事していたら窓には一面白い膜が!
何とはなしに描くへのへのもへじ
うーん、芸がないけれどなつかしい。




あまりにも透明度が高く美しいので思わず「いただき」
正体は、鳥小屋の水受けの中の水
晴れた日の朝、ゆっくり時間をかけて出来上がった氷
こんな他愛もない事を楽しむのも春に向かうこれからは少なくなる。


2011年2月3日木曜日


「ただいま仕事中」




新年早々オーブンの大掃除は疲れたけれど、
それで終わるほど甘いものではない。
レンジフードが残っていたし、オイルパンも汚れていた・・・トホホ。

キッチンの仕事は終わることがないが、
家庭に置き換えても同様だ。
暮らすことは、生きることであり、食べること。
その繰り返しの積み重ねが生きること、でもある。
そう言えば、「クウネル」という雑誌もあったっけ。

フランス人は「食べるために仕事をする」と言う。
イギリス人は「仕事をするために食べる」と言う。
なるほど、お国柄が出ている表現。
どちらも正しいと思うけれど、さてワタシ。
笑顔が見たいから仕事する?

掃除が終わりキレイになった後一人で笑ってどうしよう・・・。



冬来たりなば春遠からじ







二月に入ったとたん、日差しに「春」を感じた。
そんな突然、と思うかもしれないが、
陽光の優しさを背中に感じる朝だった。
秋の終わりに外から中へ引っ越しをした鉢植えたち、
東向きの窓辺の際から頭を突き出すように、
太陽を求めるように、咲いている。

風の強い日が続いた今年の冬。
そんな後にやって来る太陽は慈愛に満ちるように暖かく、
沈みがちな気分を上げてくれる。
子どもの頃よく読んだ(読ませられた?か)童話や民話、
ふとイソップの「北風と太陽」を思い出す。
教訓が含まれているんだなと気づくのはず~っと後になってからだ。