2011年4月25日月曜日






大震災で被災した人たちの支援に100億円の寄付をしたことでニュースになった、
孫 正義氏の記者会見をUstで聞いた。
寄付の額にも驚くが、その話の続きがあることを会見で知った。


3月11日を、自然エネルギーを主とするエネルギー政策転換への契機とし、
政策提言する「自然エネルギー財団の創設」発表と、決意に至るまでの経緯を説明していた。
記者会見を主催したのは、フリーランスのジャーナリストたちが設立した「自由報道協会」。
テレビの記者会見場では「許可証」がなかなか降りない、
一匹オオカミ的ジャーナリストたちだ。


孫氏は....
今まで電気は来て当たり前、だから原発のことも意識の外にあったし、
co2を出さないし、未来はゲンパツ、必要なものと思っていたらしい。
今まで、は。
しかし、福島原発の事故を受け、放射能汚染のもたらす悲劇と先が見えない恐怖に、
ただ非難するだけではなく、原発問題に対してどういう解決先がありえるのか、
そしてこれからも原発は本当に必要なのか、
この1ヶ月勉強し悩み続けての決断とのことだった。


本業は携帯電話やインターネット。
Twitterにも「原発のことにコメントする暇があったら携帯の復旧に努めて」
という苦情が沢山来たそうだが、ひるむことないその決意に強さを見た。
ジャーナリストたちから投げかけられる質問に対しても的確に答え、
彼の中ではすでに答えが出ているんだろうな、と感じると共に
人間性が出ているような会見だった。


ジャーナリストたちもまた視点がするどく本質を突いてる。
「おっ、いいぞ!」なんて感心してしまった。
やりとりを聞いてるだけで「外野席」のワタシたちも、
考えるのだということに気づく。
パターン化された授業をふと思い出しながら、過ぎた時間を振り返っていた。

対照的に感じるのはテレビの会見...
原子力や放射能について説明する科学者たちの話は理論と数字に終始し、
一般人には分かりにくいのが常だし、分かりにくく説明しているようにも思える時もある。
最近では、被ばく量のいわゆる「安全基準数値」が動き出し、
数字が動くのは基準とは言わないのではないか。。。などと思ってしまう。

2011年4月21日木曜日


凛と咲く春の花




新聞に掲載される全国の天気予報を、毎日何気なく見てしまう。
昨日はすべての都道府県で気温が平年より▼を示し、
日本列島全体が寒いと言ってたようだ。

所用で弘前まで行く。
途中雪がちらつき出し、温度計を見たら何と2℃!
とても4月とは思えない。
帰路、県境の峠では墨絵のような雪景色を再び見ることとなり。
気候はこの先一体どうなっていくのやら.....。

写真は「キクザキイチゲ」
白が多いと聞くが、ウラの沢付近には青いイチゲが沢山咲いている。
夕方行くと眠そうに下を向いて可憐な限り。





雪溶け水の流れは勢いがあってエネルギーを感じる。
心地よい水の音を載せられないのが残念....


Twins



こちらは「カタクリ」
踏圧に弱いので踏みつぶさないように
忍者のようにこっそり歩いて鑑賞する...か。
誰かが見てたら笑うだろうナ。


熟成の味に.....




人参を見ると、馬でもないのに元気が出てきそうで、
ついつい沢山買ってしまう。
秋に収穫せずそのまま雪の下に寝かせておくと、自ら糖度を上げて越冬する。
そのままでも甘くて美味しいが、無農薬だからこそ、
皮付きのまま タマネギとじゃがいもを合わせいざ!クリームスープ。
で、味? ビタミン一杯・滋養豊富!
色はカボチャスープにそっくり、美味しい。

こちらは「ミネストローネ」アレンジ編




「ミネストローネ」と言うと、
つい3年ほど前まで、トマトを含むいろいろな野菜をダイス状に
カットして煮たスープとばかり思ってた。
その後、「具沢山のごった煮」のようなスープをイタリアでは
そう言うのだと知ってからも、どうしてもトマト味に肩入れしてしまう傾向が続いていた。

ところが.....
ふと思いついてやってみたのが、ムカゴ入りの「マネストロー ネ」。
「ミネ」でないところがミソ。
ベースには、蒸し鶏を作った時のスープを使い、
大根・人参・じゃがいもにタマネギ、そして必ずセロリも入れるが、
朝にぴったりのスープとなった。
白インゲンやヒヨコ豆も時々入れて、野菜の複合味を楽しむことにしよう。

2011年4月17日日曜日


別れ......



心の準備もないまま、それは早朝に突然やって来た。
雌チャボ4羽全て、テンに襲われてしまった.....
全く予想もしていなかっただけに、ショックを受けている。
鶏小屋は10年前に建てたもの。
外敵のことも考えて金網も二重にして万全を期してたはず、だった。
見つけた時はすでに手遅れだったが、
テンは目の前にまだいて最初は逃げようともせず、
逆にそのしたたかさを見せつけられる形となった。


何年前かの冬、やはり早朝にテンと出会ったことがある。
朝起きて窓のカーテンを開けたらモグラをくわえていたテンと偶然目が合った。
やはり逃げる素振りも見せず、悠然と森の奥へと去って行った。
冬の毛は金色に優雅に輝き、
顔は白くとても愛くるしい表情をしていたことを記憶している。
昔は最高級の毛皮として売買されたらしいが、
乱獲による頭数激減で今は絶滅危惧種に指定され、
モチロン、捕獲は禁止されている。
それでも.. ...。

自然界の厳しさは何となく頭で理解しているつもりでも、
甘かったことをまた思い知らされた。
腐った木が突然折れて倒れてきたり、草刈りをしながら漆にかぶれたり、
スズメ蜂に襲われたり、熊に出会ったり。
実際に被害を受けたり事故にでも遭遇しないと
体に染みないことも分かっていたはず、だった。

こういうことがあって、思い出すことがある。
以前読んだ「シートン動物記」の中に、
飼っていた20羽以上の鶏をオオヤマネコに襲われたシートンが、
家に侵入してきたヤマネコを射止めるシーンがある。
その後、巣穴を見つけ、ヤマネコの亡骸と餓死していた子供2匹を発見し、
言葉を失うシートンがいた。
生きてゆくのは人間も自然界の動物も厳しいことは変わらない。

今後「犯人」のテンと再び出会うことはないと願いたい。

2011年4月14日木曜日





雪溶けが一気にやってきてのんびりムードも返上となり、
外仕事に追われる数日が続いている。
昨秋に室内へ引っ越しした鉢たちも、外へ開放する時期を迎え、
合わせてワタシもオロオロしている。植物は冬の間もゆっくり成長し、
植え替えの鉢をどうしたらいいのか猿人類のごとくウロウロするのだ。
春の作業は秋のそれとはただ逆になるだけなのに、遅々として進まな い....。

原因は敷地内のくぼみに溜った落ち葉。
時間の経過とともに折り重なり、
はがすとまさにリーフパイのごとく見事な積層になっている。
そのまま自然に...と思いながらも春を見たくてせっせと掃く、無心になってせっせと掃く。
我にかえり「何をしているンだろう〜」

そんなつぶやきも鶏たちには聞こえない、土の中の虫を探すため朝から活発だ。
「母は強い」のか「されど女は強し」か、
卵をほぼ毎日産んでくれるだけに「ありがとー」。
一方、ログの方へ一時避難したオスたちは、微動だもせず
ただ鎮座するのみで権威的に見える。3羽から6羽に増え、にぎやかだ。



冬の燃料確保のための「薪備蓄小屋+鶏の新居」



2011年4月11日月曜日


第8回 つくる展・岩手大学美術科在校生と卒業生有志による展覧会
@岩手県民会館



















絵画や染織、窯芸や金属工芸など、
29人の若手作家さんたちの作品を観てきました。
自由と無限の可能性を内包する油彩や、
人が持つ二面性をシニカルに擬人化したペン画?など、
作品群に「自分が自分であるため」の姿勢を感じます。



「春のシカ」




受付のすぐ先で待っていた「春のシカ」
傍にいた作者の澤谷由子さんはまだ2年生。
800℃近い温度で5時間くらい素焼きし絵付け、
1300℃以上の高温でさらに6時間以上焼き上げた苦労?を話してくれました。
シカに見えず「これはヤギ?」と聞いたワタシに笑って答える彼女!
考えてみたらシカもヤギも羊も同じ「反芻動物」だったっけ....。

賛助作品




去年の秋、「自由に描く2日間 in SoiL」のライブペインティング作品も参加しました。
搬入してくれた千葉さんと高橋さん、ごくろーさまでした!

最後にお知らせ↓

芸術を通じて震災からの復興を目指すチャリティーイベント
「アートチャリティ∞いわてのて」が始まるようです


Identity







あの日から丁度一ヶ月、
皆がさまざまな想いで過ごしたひと月だったのではないだろうか。
ひとたび外に出れば、車が往来するいつもの光景が展開され、
途切れた日常が戻っている。
春を告げる「ふきのとう」が土の中から顔を出し、
モグラが縦横無尽に走り回った場所の際からも
「福寿草」が空を見上げるように咲いている。

自然に意志があるとすれば、
「黙して語らず」に寄り添うこと....と言われているようだ。


2011年4月6日水曜日


高台にある鶏舎と畑




沿岸は「壊滅状態」というニュースで知人の安否も気になっていたところ、
車で通行できることを知り出かけてきた。
以前、何度かウチまで来て頂きながら大船渡市まで行ったことがなかったことを思い出す。
電話が未だに通じない、という彼の家は山の中腹にあり、
とてものどかな良い所で、巨大津波がもたらした被害とは隔絶していた。
およそ500羽の鶏に、田と畑は自給。
ここでもやっぱり「薪ストーブ」の暮しに「買うものは殆どない」だった。





結婚して一緒に暮らす奥さんの両親は、27年前に埼玉から移住し
「津波がこない場所」を探して家を建てたそうだ。
放し飼いの2匹の犬が嬉しそうに走り回り、高台から見下ろす景色は、
その先に消えてしまった街のことなど想像もつかない。
今まで何度も津波予報の半鐘が鳴っても、
「オオカミと少年」の話のように本気にする人が少なく、
それが逆効果になったかもね、と。
もう一人の知り合いの家は津波の被害が出て、漁の再開が心配だ。


坂道の中腹にあった「津波想定ライン」の表示板のすぐ下まで壊滅の家屋が立ち並び、
予測は正しかったことを示してよう。
それでも海の方へ、船に近い方へと家や街が形成された。

平和な時間が長く続くと、津波への感覚が薄れていくのかもしれない。それは誰にでも。
「災害は忘れたころにやって来る」
その殆どが破壊されつくし、
まるで「戦場のピアニスト」のセットやCGの中に自分たちがいるような重い気持ちになる。


北は青森から南は千葉まで、500キロ以上にわたる海岸線を
ほぼ同時に飲み込んだ自然の力、誰が想像できるだろうか。
その海は、何事もまったくなかったかのように青々としていて、
慈母のような穏やかな表情を見せていたのだから....

2011年4月4日月曜日






今月に入っても冬のような寒さが続いてる。
それでもチャボはタマゴを生み始めた!強いなぁ...
自然の摂理か種の保存か?今日で9個目。

4月は『新年度』最初の月。
学校や行政、そして企業も新しいページを開く月でもあるけれど、
桃や桜の咲く時期に、入学式や入社式を迎えるこの季節がやっぱりふさわしく思える。

植物たちもそわそわと芽吹きをはじめ、エネルギーが全開になるような、
落ち込んでいても陽光の中に希望を見い出すような、
そんな暖かさが含まれているようで嬉しくなる季節。
花粉症の人にとっては辛く大変かもしれないが。

それにしても......
大震災による犠牲者の数は日に日に増え、ニュースを見るのが辛くなる。
さらに連日の原発事故報道が追い打ちをかけてきて、
この先の日本を皆が案じ始めていることを実感する。
東電の記者会見で、「津波の高さだけが想定外だった」と某技術者は答えていたが、
原子力発電を「最も安全な」と言わしめた人間の奢りの影から、
地震や津波の天災で露になった「諸刃の剣」だったということを証明したように思えてしまう。

気になっていながら連絡がつかなかった郡山の友人に、
やっと電話で近況を聞くことができた。
避難所でボランティアしてる、と冷静ながら話していたけれど、
放射能汚染の拡大を心配していた。
風向きを含め気象状況で北上したり南下したり、
その姿はつかみどころもなくあちこちに拡散する「厄介者」だ。
まったく臭いも出さず色もなし、見えないだけに恐怖が募る。

その「厄介」で「難題」なる相手を作ったのは人間でありながら
処理の仕方についての100%安全な解決策はないという。
長いトンネルに入ってしまったと、多くのワタシたちが不安になるのも仕方がない。