2011年6月29日水曜日


「夏に至る」日を過ぎ、「天井扇風機」の出番。


(湿度が高い時はこうして上から風を送ってくれる)


あれほど爽やかな風が流れていたのに、梅雨入りと共に湿度がいきなり急上昇。
そんな無風の中で、木々の葉は黙り込み、次の風が吹くのを待っている。
蒸し蒸しする外とは裏腹に、木々に囲まれている家の中はエアコン無しでも
涼しいので、外に面しているガラスの外側に結露が起きた。
寒い冬に暖房を入れると、温度差で室内に結露が生じるように、それとは逆のことが...。
湿度の高いことがわかる梅雨時の時々の光景だ。と言うより自然現象か。


北では梅雨入り真っ最中に、
南の地方では平年より早い梅雨明けが発表され、
昨日に引き続き、今日も各地で35℃以上の猛暑日となったとか。
南北に長い日本は、気候まで「二極化」になっているように感じる。



気温と言えば、昔学校などで見かけた「百葉箱」、(響きがレトロ!)
その箱の中で温度を観測していた記憶がある。
デジタル時代の今は、芝生の1、5m上に置いた筒の中に入れたセンサーで観測し、
「今日の最高気温」などと発表されていることを今朝のラジオで聞いた。
太陽が当たらない、風通しの良い「場所」での観測であることは同じだから、
アスファルトの上などは「最高気温」よりさらに高い、ことになる。
体温より高い....う〜ん辛いな。


2011年6月26日日曜日


やけに湿度を高く感じる...と思ってたら梅雨入りの発表。
宣言を聞くまでもなく「体感」していたわけで、
ヒトのセンサーもまんざらではないナ。





完成が遅れていた鳥小屋がほぼ完成し、
ログにそれぞれ隔離していた雄鶏二羽の引っ越しの日を迎えた。
......と言っても、♀亡き後の♂同士の「入居」、
さてどうなることかと思いつつ広い空間だからまぁ大丈夫でしょう、
と様子を見守ることに....。
仲良く、とまではいかなくても何とかなるかと思いきや、事は簡単にはいかない。
両者頭を低くし「コッコぉ〜〜!」
見合い出した後、小屋の中を走りまわり運動会場の かけっこ状態のまま30秒...
結果、通称ナポレオンは親に負け、小屋の外へと飛び出してしまった!

上手くはいかない。

仕方がないので、テンに壊された網の部分を修理・補強、
テン対策/防御作戦とした有刺鉄線もどきを張り巡らし
一羽を転居させることに。

それにしても、立派な鳥小屋は眺めも抜群?
サマーハウスとしてレンタルできそう???

2011年6月22日水曜日


「学び」の時間



沢山咲いてる「ヒトリシズカ」や「フタリシズカ」


「みんなで学ばない?」
生協が呼びかけてスタートした勉強会「Peace Campus」に、
どういうきっかけだったか忘れたが、
自主的に集まって月に1回学ぶ時間を持つようになってから早4年以上経つ。
学ぶ内容は自由だが、テーマの基本は「平和」。
一口に平和と言ってもさまざまで、
小さな単位で考えたら家庭内平和、少し大きく地域内、
もう少し大きく広げたら、住んでいる国のそれで、
さらにグローバルに考える「世界平和」ということもあるが、
これは少し先に...。


「平和ボケ」という言葉もあるくらいだから、
捉える事自体がむずかしいしピンと来ない、という声も。
それでも皆でテキストを決め、それぞれの意見や考えをすりあわせながら
映画鑑賞会や講師を呼んでの学習会も開催したり、
楽しく笑いながらやって来た。時に脱線しながらも。
この2、3年は自然エネルギーの学習にシフトしてきたところだった。
そんなところにやって来た地震と津波、原発事故が....。


そして今日は、原発事故とその影響を知るための公開学習会の日。
「三陸の海を放射能から守る岩手の会」の永田文夫さんに講師を依頼し、
分かり易く解説していただいた。
狭い部屋に70人を超える方たち!
若いお母さんたちの多くの参加に関心の高さを感じる。
終了してからも、彼女達の熱心な質問はなかなか止まらない...。
子どもたちの未来は平和であれ、と願わない親はいない。

一人静かに思い悩むより、複数の人達と考え築いてゆかなけれ
ば明るい未来はないナと思う。

4人からスタートし現在7人..(の侍とは行かないが)学び合うことも教わる日々だ。

2011年6月21日火曜日


プロセス




例えば....
レモンを絞り、クリームを泡立て、氷で冷やし...幾つかの行程を重ね仕上げてゆくお菓子。
タマネギを(涙と共に)みじん切りにして、炒めて白ワインを注ぎ.... 煮詰めるソース。
魚を三枚におろし塩で締めた後、ビネガーとオイルに浸し... マリネにする。
料理も目的によっていろいろな調理方法があるけれど、
プレートの上にのるまではある程度の時間とプロセスがある。見えないけれど。


食べることに限らない。
季節ごとに咲くようにと、願い(?)を込めて空間を見越して植えた花々も、
時間の中でゆっくり成長し、中には土壌とマッチしたのか大きく威張っているモノもあるくらい。
ややもすると結果を早く求め、先を急いでしまうこともあるけれど、
そういう時に限って失敗したり、やり直しをしなくちゃと、がっくりすることもある。
やりながら考える。それもプロセスの一つだ。


一つひとつの作業を丁寧にやることは忍耐が必要だな、
今頃になって(遅い!)やっと分かってきた。
「うまくできるかやってみるネ」心の中で素材に話しかけている。


で...マンゴーとレアチーズ(後ろはチョコレートムース)






6月が季節の花 「都忘れ」





ショウブ 「アイリス」とも呼ぶ....



2011年6月15日水曜日


平常心




今日は再び「寒い」1日。
NYに住む妹から、「35℃を越す日が2日続いた後14℃まで下がった...」
云々のメールが届き、
地球規模の気候変動は、もはや疑うべくもないナぁと感じたり。


平面地図で見る世界は、
海や国境でそれぞれ切り離されているように見えたりするが、
地球は一つの惑星なのだから、どこかで異常気象が発生すると、
その影響がどこかで表れる..相関関係に気づかされる。
山で大規模な間伐が起きた後、雨と共に大量の土砂が川を伝い海に流され、
時として、海岸は浸食されかねないほどの影響にも発展する。
全ては「つながっている」ということに。


原発事故の影響の広がりは止まらない様相を呈している。
イタリアの国民投票は、90%を超える国民が「原発建設」に厳しくNo!を突きつけた。
加え、「首相等の非出頭権」に関しては、
首相たりとて法の前では平等だと「無効」の審判が下った。
電気料金が若干上がるとしても、
「環境に負荷をかけない暮らし方」を目ざす方へと舵を向けたのだ。
暮しの先にある政治に対し、自分たちの意思をまっすぐ表明したことで
イタリアの人々に今回は拍手を送りたい.....。


久しぶりに聴いたPat Metheny
バリトンギターの音質は、部屋の湿度も取り払ってくれそうな清涼感に包まれて、
Jazzでもなくclassicでもない。さりとてPopsでもないしfusionでもない。
カテゴリーはどうでもいい。
聴きながら、慌ただしい日々にこそ平常心を持つことの大切さをふと思う。

2011年6月12日日曜日


露地物の苺がやっとお目見え




梅雨前線はどこまで来ているのだろうか?
九州から近畿地方は激しい雨に見舞われているらしいが、
東北にはまだ聞こえてこない。



昨日の新聞で、イタリアでの国民投票の記事があった。
投票する項目が幾つかあり、そのうちの二つに目が止まった。

一つは
「原発を建設すること」を無効にするかしないか....
 1987年の国民投票で「建設しない」ことが決まったにも関わらず、
2008年に現政権によって「5年以内に建設する」法律ができたということで、
今回再び国民に問うことになったらしい。
現在、イタリアには原発はないが、
福島の事故で国民の関心度はかなり上昇し、投票率も上がることが予想されている。
一旦国民が投票で無効にしても、
政権が変わると「取り消し」も可能だということだ.....

二つ目は、
「首相等の非出頭権」について、
「首相や官僚は、任期中法廷に召喚された場合(被告や参考人として)、
出頭をしなくても良い権利がある」という法律を無効にするか否か。
 
有権者数は約5000万人、投票率が50%を超えると成立らしいが、
肝心のベルルスコー二氏は「棄権する」と言う。
見方を変えれば、投票は強制ではない自由意志によるものだ、ということだが
無責任な発言だと思うのはワタシだけだろうか.....。
結果は3日後くらいにはわかる。

2011年6月10日金曜日


雨上がりの玄関前/訪問のカエル




巨大地震から3ヶ月、
短い時間ではあったが真夜中にやや強い「揺れ」があった。
「忘れちゃいけないよ」と言われているようで、思わずはっとする。
皆、何事もなかったかのようにいつもの生活を送り、ややもすれば忘れそうになる現状だ。
新聞の1面片隅に載る、行方不明者や避難している人たちの数が未だ9万人を越えていることに
被災した人たちとの「時間の流れの違い」を想像する。難しいが。


今晩のニュースで、
岩手県一関市の牧草地でも1kgあたり1,010ベクレルの
放射性セシウムが検出されたと発表していた。
国の暫定規制値300ベクレルを超える高い数値で、
放牧の規制と牧草投与の制限を促していた。
牛にとっては、閉じこもっていた冬からやっと牧野に解放され、
草を食むことができる最良の季節が一転することになる。
一関市は岩手県で最も南に位置するところ。やはり......。


地震と津波は被災地の惨状を見るかぎり、
むごい爪痕を残しているとは言え復旧への希望がある。
しかし原発事故は人災だ。
今後何十年も(何十年ですまないな)続くであろう
深く長く暗いトンネルの中に入ってしまい、
「無害化できない放射能汚染」の問題を「ワタシたち」が抱きかかえている状況だ。


5年前、原子力工学の研究者である小出裕章さん(京大原子炉実験助教)から、
原発の話を直接うかがったことがある。
唯一の被爆国の日本で、
何故ヒロシマ・ナガサキに原爆が投下されたのかということと(その経緯)
六ヶ所再処理工場が抱える問題についての話だった。
「無害化」できないことと「核のゴミ」は処理できない「厄介なモノ」と、
静かに話していたことを覚えている。


その小出さんは今回の事故後、多忙極めている。

毎日放送の「種まきジャーナル」に出演した時の内容。
日々報告される土壌からの放射性物質の除去等に
「どうしたらいいのでしょう?」というレポーターの質問に対し、
「これまで原発をなくしたいという信念でやってきたが、
汚泥をとっても、置いておく場所も灰を置く場所もない。
どうしたらいいのか分からない。
こんな事故が起きてしまったからは、
これからは今までとは違う世界に生きるしかない、と思っていただくしかない。」と
専門家だからこそ、将来どういった影響が出るのか手にとるように想像できるのだろう。

記事の全文はこちらから

他人事ではなく、自分ごととして受け止める心構え...。

2011年6月9日木曜日


山桜んぼ




1週間前までの寒さは何だったのだろう?
突然夏になってしまい、「本当の衣替え」で慌ててしまった。
日陰に置いている寒暖計も、昼前にすでに27℃を差し、
外仕事に 体がついてゆかない...。
そりゃぁそうだ、いきなり10℃以上も上がると体温調節に苦労する。
カメレオンであるまいし。...などとぼやいても、
上空ではセミの鳴き声が本格的に聞こえてくる。
盛岡は30℃だったとか。自然のことは、やっぱり分からない。


朝早く起きる習慣が続き、何となく儲けたような気がする、
と思いながらも外を眺めボンヤリ30分。
どこを眺めても限りなく自然の中だけに、
成長著しい木の高さや葉の付き方に目が行ってしまう。
苔が付着した木の幹には、ペアのひよどりがやって来て、
朝食の虫 を食べに来ては遊んで飛んでゆく。
弱って枯れそうな木を見つけては、何年生きてきたのだろう... とか。
観察力が少しずつ重なっての発見がある。


山形県は「サトウニシキ」などの高級!サクランボで有名。
サトウのように甘い...錦?
山桜にだって、「実」はなる。
縄文時代あたりなら食べてたかもしれないが、トライしたけれど苦かった。
食用にいたるまで、長い時間をかけての品種改良なる試行錯誤があったのでしょう。







お客様から「誕生日を迎えるので....」ということでケーキを頼まれた。
食事の後に皆で祝い、仲間の心遣いを感じる。
「優しさ」は何気ないところで出番があり、形ではないところに価値がある。


2011年6月7日火曜日


思考の連鎖











夢を見ていたわけでもないのに、
ふと夜中に目が覚めてしまいなぜか眠れない。
時計を見たらまだ3時半。
いつもなら眠りの世界に戻るはずが、目覚めの感覚の方が勝ってしまう。

そうこうしているうちにフクロウらしき鳴き声が聞こえて来た。
まだ暗闇の外に目を向けても何も見えるものはないのに、
目がゆくのは条件反射?
夜行性なので実物に出会ったことはないが、
間隔を置いてしばらく鳴いている。
フクロウが鳴き止むと、入れ替わるように
小鳥→チャボ→キジバト →カッコウが続いて鳴く。
鳴き声で分かる鳥の種類は少ないけれど、
鳥の声で目覚めるのは気持ちが良い...
1年で最も気候が良いこの時期は、
彼等も朝からよく鳴き心地いいのは同様らしく、
鳥同士が朝の挨拶を交わしているかのように平和な時間が過ぎてゆく。

早起きは「朝日のごとく爽やかに」1日のスタートが切れそうだ。
空気は...澄み切って、新鮮な、爽やかな、瑞々しい,清涼な、透明な.....
形容詞はいろいろ出て来るが、鳥のさえずりに伴って、
その「空気」が気になってくる。
「ワタシたち」が(も)吸っている空気は果たしてその通りなのだろうか、と。
考え出したらきりがなく、これでは爽やかなスタートはむずかしい.....。

....結局、布団の中で悶々としていた2時間半、朝日がまぶしく目に染みて、
寝不足を引きずったまま1日を迎えることになってしまった。
風は西風、時々南風に。
今度は風向きが気になってくるではないか。
思考の連鎖だ。

2011年6月1日水曜日



水無月




田んぼに水が入り、カエルが大喜びで朝から夜まで騒いでいる。
この季節の風物詩でもあり、農村のリズムを感じるだけでなく活気があって嬉しい。
梅雨も近く、水も沢山あるのに6月は「水無月」と呼ぶなんて、
古来の奥ゆかしい表現だが、嫌いではない。

今も慣例どおりやっているかどうかわからないが、
6月1日と言えば「衣替え」を思い出す。
涼しくてとても衣替えどころではない...と思っても、
そういう「習慣」が定着していた。逆に、気温が高く暑い5月もある。
それでも6月1日までは皆一斉 に「ガマン」していたような記憶がある。
クールビズなどという言葉もなかったし、非合理で決して効率的ではなかったナ。




凛と咲く、ウラの森の「シャクヤク」




沢に降りる途中、偶然発見!
初めて見つけた「山芍薬」

久しぶりに外仕事で1日青空の下に....。
鳥の声をライブで聞きながら、おだやかな空とは裏腹に
放射能汚染のことが頭の中によぎる。
福島産の野菜はもとより、千葉や茨城、神奈川産の茶葉まで
高い放射性物質が検出されたニュースが上がり、
買い物に出かけた市場での状況を思い出していた....。

バケツに山盛りの人参→¥200。(千葉産)
ザルに満載のほうれん草が3束→¥150(茨城産)
中には、岩手/福島と併記された野菜もあり、困惑する。
併記は正直だとは思うが、苦肉の策なのか、合わせてしまうと
まるでカオスだ。

政府は「風評被害も保障」と声明を出している。
被災地支援の大義で「購買して支援しよう」というのは
筋が違うような気がするのだが...。
生産農家の苦労と嘆きはモチロンだが、
既に実被害に及んでいる現状であるなら
疑わしいモノを販売するのは道理ではないように思える。

野菜だけではなく、
雨が溜るところは放射線数値も10倍以上高くなるという。

正しい情報を入手し、
自分のことは自分で考えていくしかない=自己決定....できるか?