2011年11月29日火曜日


Misty


〈クルミとフルーツの焼き菓子〉


朝から霧が立ち込め、幻想的な光景が広がった。
彼方に見えるはずの岩手山も霧の中に隠れて姿は見えず、
ウラの森(林?)から平原が続いているようにも見えた。






昨日はSoiLの店内にも霧が立ち込めた。
実は霧ではなく「煙」


ストーブに「意志」があるかどうか分からないが、
活躍してるナと思っていても、時々ストライキを起こすこともある。
原因はさまざま。


室内には、2台のストーブを離して設置してあり、寒い季節はどちらも焚くし、
薪の燃え具合は常に一定ではないから時折調節が必要になる。
燃焼に酸素を使うわけだから、外気温が低いと外からの空気の吸い込みが大きくなる。
加え、キッチンの換気扇がからんでくると大変!
換気扇のファンを最大にすると...........
煙突が空気を吸い込むパワーより、キッチンのファンの方の吸い込みが上回る、時があるのだ。

結果、煙突の中に入ってゆくはずの煙がキッチンのファンに引き込まれ室内に、ということに。


「何だか煙くない?」
時すでに遅し。
店内はmistyさながらsmokyになっている。
いらした方たちは燻されながらも笑顔で帰っていただき救われた。


薪の燃やし方にはコツがあり、
いつもYは研究?していただけにちょっとがっかり。。。。か。


11月も残すは1日。

2011年11月23日水曜日


勤労感謝の『火』




11月に入ってからストーブの出番がほぼ毎日あって、活躍してもらっている。
震災や原発事故以降、暮しの「エネルギー」をどう確保していくか、
あちこちで話題に上がったり、薪ストーブの購入が
前年比20%ほどUPし照会も増えた、などとニュースで聞いた。
維持に手数がかかることは勿論だけど、それでも炎を見て楽しむことは、
寒い北国で暮らす者にとって冬に見る「心のオアシス」のようなものだし、
薪材生産地ゆえ自然 なことでもある。


先日いらした方から「薪が燃えているのを生まれて初めて見まし た」と言われた。
それがきっかけでいろいろ会話が始まり、神奈川出身/結婚で盛岡市に来た、
四季の移ろいが美しい、........岩手が気に入ってる、などなど。


寒い季節以外は鎮座し、もの言わぬ静かな存在なのに、
人と人をつなげてくれるコーディネーターに変わるのだから、ありがたい。


2011年11月22日火曜日


晩秋から初冬へ




朝の 気温-1℃、最高気温1℃ 
今日は時折薄雪がちらつき、気温では予報通りの寒い1日になった。
窓越しに差す光は柔らかく、暖かく感じるから太陽の力、ということだろう。

玄関や外に出していた「鉢たち」がしおれかかっていることに気づき
ちょっと慌てる。
そうだったぁ....
「鉢上げ」の時期を迎えているのに、忙しさでうっかりしていた。
夕方「緊急避難」させながらも、ちょっと申し訳なく思う。
仮死状態の植物たちに「大丈夫か?」と声がけし
許しを請うのを何だかピエロっぽく感じてみたり。。。




〈朝8時 青空の中に月がうっすらとまだ見える!〉


明日は頑張って(できたら)室内に入れてあげようと思っている。
殆どの木々が葉を落としているのに、わずかに残っている葉もあって、
風が吹く度、ヒラヒラしながらもしがみつき、まるで手を振ってい るよう。
朝ご飯のテーブルで、すっきりとした外の景色を見ながら
「なぁんちゃって詩人」にでもなった気分だから困ったもんだ。

2011年11月14日月曜日


「手で考える」




朝日新聞に「CM天気図」というコーナーがあり、時々読んでいる。
コラムニストの天野祐吉氏の話はテンポがあって面白く、
世の中(社会)に対する見方が、また痛快だ。

9日の記事は、某製薬会社のCMを見ての感想からの書き出しだった。
「働く手をほめよう」というタイトルのCMらしい。
そのCMを知らないので想像の範囲だが、
家事の中で、動く=働く「手」が、雑巾を絞ったり、
鍋のフタを取ったり、グラスを洗ったり忙しい。
次々に手が動きアップになる、らしい。
そして、画面に製品と共に「働く手をほめよう」という文字が流れる.... とあった。

「手仕事」が大好きなだけに、
コラムの記事が目に止まり誰もいないのに一人ほくそ笑んでしまった。


「暮しの手帖」の編集長であった花森安治さんは、
子どもが小刀で鉛筆を削ることの大切さについて語っていたという。
小刀で削るのは、指で考え、それを通して頭を鍛えることだという。
だから、小学校の教室に鉛筆けずりを置くのはとんでもない!と
意義を唱えていた...とあった。

偶然にも渋柿の皮を剥き、凧糸で結び、軒下に吊るした日に読んだだけに、
天野氏の記事は暖かかった。CMライターの感性も同様に。
手仕事は時間もかかり楽ではない反面、
後の満足感と達成感、充実感を与えてくれる貴重な作業だということだ。

手仕事同盟会でも結成しようかな?

2011年11月8日火曜日


土の記憶





この4、5日間は比較的おだやかな日が続き、
SoiLにいらして下さった方たちにも紅葉を楽しんでいただいた。
天気の良い日は文字通り「小春日和」の柔らかな日差しが心地よく、
外の紅葉を横目で見つつ、刻々と変わってゆく秋の景色と共に仕事もはかどった
(そうでないという声もある...が)

その紅葉もいよいよ見納めか、ということでウラの森をゆっくり歩いてみた。
土の上を埋め尽くすように落ち葉が覆い、歩く度にカサコソと音を立てる。
どことなく香りが漂い始め、なつかしさに優しく包まれている気分になる。



「秋の匂い!」




今は「幻」となったワタシの生家の隣には大きなお寺があり、
秋になるとよく遊んだ、あの境内を思い出したのだ。
柿の木、ほおの木、栗やケヤキにカエデに銀杏。
歩く度に土と落ち葉が折り重なるような匂いを出し、五感を刺激し、
それが記憶となってよみがえる。
まだまだ落ちてくる葉っぱの量は半端ではないけれど
歩きながら「小さな幸せ」を思ったひとときだった。

お知らせ↓

今週の10日(木)、11日(金)は、所用により臨時のお休みとなります。

2011年11月3日木曜日






驚くようなスピードで11月を迎え、今日はもう3日。
今朝目覚めた時は、外気全体がモヤに包まれ幻想的な雰囲気が漂い、
「青空は望めないかも...」と雲の上をながめていた。

町の芸術祭の用事があり、8時半に家を出た。
車で走ること10分、重い雲が魔法にかかったように消えてゆき、
広がる青空のその爽やかなこと!
「やっぱり晴れた....」





毎年「文化の日」を迎える度不思議に思うことがある。
この日はいつも空を突き抜けるような晴天に恵まれ、
1日中それが続く。
記憶の範囲だが、なぜか毎年それが続いている.....。
単なる偶然それとも必然?
それにしても天気が良いと気分も高揚し、
理由もなく何だか嬉しい。

今年の紅葉は、「挿し色」なる漆やもみじが赤くなりきれず半ば散り始め
不完全燃焼たる様相だ、と思っていた。
イエイエ、爽やかな青空とのコントラストはやっぱり美しく、
ハラハラ散ってゆく儚さは、はかなさゆえ力強くも感じる。





これから待っている「山のごとく」の落ち葉掃き