2013年10月29日火曜日


不思議な「雑」





ある本の書評らしきページに「雑感」という題で載っていた文章に目が行った。

人口が集中している都市にしか多分使わないだろう言葉「雑踏」
イロイロな業種が入っている「雑居」ビル
こまごま乱れた感情が入ってしまう「雑念」
血統書のない犬?猫?  「雑種」(今はMixと言うらしい・・)

・・・まだまだ羅列しきれないくらい沢山あるけれど、
一般的だが、雑はあまりポジティブなイメージではないような感じ。
「雑費」なんか、何だか分からないからとりあえず入れとく?と仕分けに入れる。
そういうワタシも「雑」な部類に入ってしまうだろーな、と思いながら。

ウラの森は雑木林に分類されるかもしれないが、(雑種地もあったね)
生物多様性の観点から見れば、様々な種類の木々が生息できる環境だ、という事だ。
きっとフィンランドの方たちからは「ウラヤマシイ」と言われるだろう。
(現に一度言われたが)

町の雑貨屋さんは入りやすいので人気があって、
雑誌は流行があるけれど、手に取りやすいし、
そーそー。雑学もあったっけ。。

こんな風に考えると、結構楽しい言葉でもあることに気づいたり。
お正月に食べるのも「雑煮」と言うし・・・あと2ヶ月。






〈 朝はこんなに晴れたのに.....〉

仕事も複雑にならないよう整理しなきゃ。
明日は宮城へ。



2013年10月26日土曜日


呼吸する


        〈ウラの様子 / 26日午後1時〉


今年の紅葉は遅れていて、晴れも続かない。
台風による被害はないけれど、3日連続の雨にまだら模様の葉が目立ち、
気候や温度に敏感な木々はまったく「あるがまま」だ。


ひと頃「森林浴」という言葉をよく聞いたが、周囲を回ると時間も忘れ
何を迷っていたんだろうかと、我に返りはっとする。
葉は二酸化炭素を吸収し、根は酸素を吸収する.....などという説明より
ゆっくり呼吸する。体感するのもあるがまま。
これって....中国の太極拳なんかに当てはまる?


















〈 紅玉が出始めた!
 酸味と甘みは他の追随を許さない 〉

木箱一つリンゴを買おうと市場に行った。
脇には沢山の空箱が積み重なっていて嬉しくなった♪♬ が、
「木箱では売らないことになったんで〜」と言われがっくりする。
消費者のニーズは紙箱へと移行し、
販売者の事情では、木箱を作る?コストの事もあろう。
私にはハードボード、いわゆる厚紙の箱の方が処理=たたむのが厄介なのだが。
















〈 日野菜蕪というカブ / 長さ30cm / 皮付きのままサラダに 〉


外から家に入る時に、一緒に「お供」をしてくる数名(数匹)のモノがいる。
生き残りを賭けている蚊はフラフラと、何処かで孵化した小蠅はブンブンと、
ドアを開けるやいなや隙あらばと侵入し、寒くなる季節に備えている。
虫もヒトと同じく生きている。寒いと感じているのか、
いわば、「シェルター」を求めているのか、慈悲のココロが揺れる。


2013年10月21日月曜日




不機嫌な鶏





寝ぼけた脳も覚醒するような凛とした冷たい空気が漂っていた朝、
目覚まし代わりの外歩きに、木々の葉を眺める。
遅めの紅葉もゆっくりと、緑から黄緑や赤へと変化を見せている。






〈1週間前 / 今年は遅く咲いたトリカブト〉


最近だが、ニワトリにも不機嫌な事があるらしい?ことを発見した。
機嫌の良い時は、静かに人間(餌)を待っていて友好的だが、
そうでない時は、ドアを開けるや否やまるで喧嘩を売るように向かってくる。
フェイントをかけようものなら、人をヒトとして承認せず「闘鶏相手」と見なすよう。
感情なのか本能なのか分からないが、鶏にだって「怒る権利」があるのだ、と。


EUの動物福祉法の改正が最近行われた、という事を知った。
養鶏に関し「ゲージ飼い」を禁止する......という内容だった。
また、豚を生育する環境として採光や面積にも言及している。
マンションのように3LDKとはいかないが、
いずれも生きている間は生きものとしての尊厳を重んじる...... ということ。

鶏とは言え1年を通し観察していると、春と秋の行動の違いや習性が見えてくる。
動物それぞれの個性はあるが「鶏なりの」事情があることも。
同様、観察されているのはワタシたちだ、ということも忘れてはいけないか。
トリの目線で考えてみなくっちゃ。





〈上が紅葉前 / 下が紅葉後〉

雨の一日、3時間以上かけて石巻からいらしてくださった方たち。
「しっとりとした緑が美しい・・」
草取りはさすがにもうしないけど、紅葉を楽しんだ後は落ち葉履きが待ってます。
竹箒は毎年2本更新のアイテムで〜す。






2013年10月16日水曜日


整列する雲




















〈大人も子ども達も一緒に / 共同制作後?の小屋〉


2038mの岩手山に初冠雪のニュースが流れた2日前。
さほど冷えた朝でもなかったけれど、山頂に淡く白いベールがかかった。
はかない雪はすぐに消え、両手を広げるように青空が田んぼを照らす。
ピークを迎えた稲刈りも、そろそろおしまいかな。。

午後、岩手山ルートでもある犬倉山を登った人が訪れ、
紅葉狩りの人々でたいそうにぎわっていたことを聞く。
モチロン行けないけれど、良い天気に恵まれた連休最後。













〈思い出したようにエスプレッソを....〉

去り行く夏はいつも名残惜しく、
迎える秋は華やかでもあるけれど短くて、その分感慨深くなるのも毎年のことだ。
恵みの野菜や届いた新米に、
種から、苗から時間をかけてテーブルに届くまで、手間をかけた姿が透けてくる。

大型台風が接近し暴風雨になるかもしれないが、リンゴの収穫直前だけに被害が出ないよう祈りたい。何と言ってもジャムや御菓子に紅玉は欠かせないもの。
品種改良で毎年のように新種のリンゴがデビューするが、
紅玉が幻とならないように、こちらも祈りたい。










2013年10月13日日曜日


集中力の養成




















〈渋皮煮+紅玉+パートレットのチョコレートケーキ〉


暖炉に火が入る季節を迎えてはいるけれど、
この1週間暖かく、昨夜は夜になっても18℃と高い気温だった。
新潟35℃ 東京32℃ 大阪36℃?・・・
知人は「暖房代がかからなくて温暖化でもいいんじゃない?」と言う。

晴れたと思う矢先に大雨になったり、
空に穴が開いたのではないかと思うほどの土砂降りになったり。
気候変動は明らかで、
北国にとっては喜ぶことなのか、どう捉えていいのか言葉がないが、
軒下に積み上げられた薪は、沈黙のまま暫し出番待ち。













考え事しながら仕事をすると時々失敗する
何と言ってもその筆頭は、カボチャ。
あと少しで火を止めよう、と思いながらうっかり焦がしてしまう。
それだけならまだいいが、問題は焦げ付いた鍋の後始末だ。
シンデレラのようにせっせと時計見ながら磨く作業が待っている。
今秋はまだ一度もないが、カボチャは鬼門のアイテムになってしまった。

一方、野菜の皮をむいたり、デスクワークをしている時は
なぜか集中できる事に最近気がついた。
皮むきは無心に、ではあるけれど、時間が経つのも忘れるほど集中し
机の上の事務作業は読んだり書いたりしている時に、
間違ったら後が怖いと、潜在的に集中の「スイッチ」が作動するようだ。



今夜は風がとても強い
ドングリがパラパラと屋根に絶え間なく落ちて来て、
まるでヒョウでも降っているような音がする。
闇は見えないところで想像力と集中力を研ぎすまし、明朝の作業のことを考えてしまう。












2013年10月8日火曜日

スポーツの、 芸術の、労働の・・・
 

 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
数日前のこと。
朝から頻繁にウチの前の道路を、ランナー達がアップダウンの繰り返しをしていることに気づいた。
大勢ではないにしろ、坂道トレーニングしている様子だった。
しばらくすると、今度は自転車で同様のアップダウンをするサイクリスト達がやって来た。

暇に任せて?眺めているうち、強化合宿入りしている 「DeNA Running Club」の選手達が
来町していることを思い出したが、自然の中を疾走していく後ろ姿に風を感じた。

10月と言えば、紅葉や(まだだが)実りの季節、走ることも加わる、というわけでランニング。
アップはさすがにきつそうで、言葉掛けに躊躇した瞬間お辞儀をしたらアイコンタクトのお返しが・・・。
温泉プールや屋内外のスポーツができる施設も近くにあり、クールダウンもゆっくりできる。
車の交通量も絶対数はなく走りやすい、となる。





 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
落下ラッシュの栗もそろそろ終わりに近づいた。
「紅葉はいつ頃ですか?」と聞かれることがあるけれど、
自然に聞いてみないと分からなく、紅葉する時がその時期です。
・・・と言うのも変な答えになってしまうかも。

2013年10月2日水曜日

格闘する秋 





















〈繁殖著しいほおずき / 種取待機のインゲン日干し?〉

栗の皮むき数日間がやっと終わったと思った翌日、
風と共にパラパラと次から次へと落ちて来る。。ああ無情
食糧がない時代には貴重な「生きる糧」と思えばこそ、知らんぷりもできない。
自然からの暗示ではないだろうが「拾って危機に蓄えたら?」と言われているようだ。

落下した栗は速やかに処理....水につける....ざるで干す、などを行わないと虫がわく。
厳密に言えば、虫になる前の分子レベルの卵だが、拾ったまま放置はできないので
格闘ラウンド2が待っていることになるが、まるで「なぁんちゃって縄文人」だ。
栗のプリンやモンブランにもトライする予定となった10月の始まり。


映画「ル・アーブルの靴磨き」を観た。
フィンランドの監督、アキ・カウリスマキの作品。
難民の家族として出て来る少年の脱出を助けようと、国籍が違う人々が、
違法と分かっていながら最後は警察官まで片目をつぶり手を貸す。
労働者たちの、貧しいながら優しい目線やそのウィットにとぶ会話の一つ一つが
印象的で暖い。


〈栗のペースト / こんなに剥いてこれだけの量?!〉





時々考える現実と理想
前者は今置かれている状況。目の前にある事。
後者は希望を持って未来を見る。〇〇でありたいと願う事、と捉えているが、
アキ監督は厳しい社会に対して「それでいいの?」と
静かなメッセージを放ち映画の中に希望の芽を運んでいる。

「こうあった方が優しいんじゃない?」
差別の問題など法律の壁が立ちはだかる現実は、映画のようにはならないが(今は)
労働者たちへ向ける優しい目線を、いつも作品の中に彼自身の敬意として感じる。

読書の秋でもあるが
映画のアキもやっぱりいいな。。。