2014年1月28日火曜日


根を下ろす
 
《 アル& サイ@遠野 》

 
 1週間も雪が降らないと、太陽が顔を出す時間が少し長いだけでも暖かい。
 正確には「暖かく」感じる、か。
 積もった雪も圧縮され「春が近い?」と勘違いをしてしまいそうになる。
 とは言え、立春までが一番厳しい事は経験上知っているんだよ。
 
 
 用事のついでに遠野市にある「Queen's meadow」に立ち寄った。
 3度目の訪問。
 佇む2頭の彼らは間もなく近づいて、着ているコートの袖に「歓迎」の挨拶を
 してくれたまま動かない・・。認証してくれたらしい。

 解放的な季節なら、周辺の緑の草を食んだり力強く大地の上を走るだろうが、
 根を下ろす冬の季節を受け止め、静かにゆっくり春を待っているかのように映る。

 意外と知られていないが、畑などには馬糞を使用した堆肥が良いらしい。
 牛と違って咀嚼が荒いので、微生物が糞とともに有機物を分解しきれない状態で
 出て来る。そういえば含水率も随分低そうだ。
 
 
  
  《 デリケートだが、人の心を読む賢い動物 》

 遠野は馬産地としても有名で、古く「市」の日には馬が千頭近く集まったとある。
 戦場なら考えられる数字だが、移動や運送手段として馬は生活の一部であり
 馬なくして暮らしは成り立たなかった時代があったのだ。
 
 何のため生きるか。
 それを考えるためでしょう〜などと言うのももどかしいが、
 与えられている役割があると仮定し、考える機会や節目に何度も遭遇する。
 それでも分からなく他者との会話や本、映画や自然やらと対峙する。
 あ、動物との向き合いも。
  
 結局頭の中でグルグル回っているだけかもしれないが
 思考それ自体が人間の性として受けとめよう。

 馬の目を見てたしなめられたような一日・・・
 
 
 
 
 

2014年1月23日木曜日


寒さの底





















《 玄関前のポーチ / 今朝は何度かな? 》


夕方5時。
日が少し長くなったのが分かるのも冬至からひと月経っているからか。
同時に大寒を迎え「寒さの底」も感じている。

「寒いね」と話しかければ
「寒いね」と答える人のいる
  あたたかさ           

歌人の俵万智さんの歌がある。
寒い地域を象徴するような歌だが
今の季節はまさにその通りだとしみじみ思うことがあった。

誰かと会うとどちらからともなく「寒いねぇ〜」と挨拶が出る。
天の邪鬼なら「寒くないよ」とブルブルしながらも言うかもしれないが、
待ち合いの場所やマーケットのレジに並ぶ時、
ふと目が合うだけでも自然とこんな会話が交わされる。

優しい配慮は無意識なる心の暖かさなのだろうか、
ただ無言でいる事への窮屈さから出てくる言葉なのだろうか、
寒すぎると口も開かないらしいが、そこまで寒くはない?

灯油価格が上がっているが、薪ストーブで頑張っている。
「頑張っている」というのは我慢をしている風に聞こえるが
自然エネルギーをいただき、「薪割りスト」と恊働で生かしている。
でも・・・
暖かさは格別で、ナラの木は本当にエラいなぁと感じている朝。

今朝の空は雪の大地が溶け合っているような色だ。
マイナス5℃。
さて、仕事をしよう。








2014年1月19日日曜日


表とウラ

ギリシャの空のような青い色の朝 / ウラの森
チラリと見える岩手山は左側


 目覚めの朝。
 澄み切った青空に感動し、雪の中を漕ぐようにウラまで歩いてみた。
 いつの間にか「ウラ」と呼ぶようになってしまった裏の森
 今日からは「オモテの森」と呼んであげたい気分になった。

 モノには必ず表と裏が存在する。
 どちらが表か裏か、捉え方ではどちらでもいいかもしれない。
 
 生地を買ってきて、「さて型紙取らなきゃ」と布を見る。
 どっちが表か裏か、はっきり分からない時は困ったものだ。
 「エエィ、ままよ!」と縫い上げてよくチェックしたら・・・
 今だから白状するが、
 片身が裏で一方が表地になっていたことも度々あった。

 ファッションの世界では故意に裏地を表地として使い、
 縫い目をわざと出す場合もある。ファッションだから。
 買い物する時紙幣は無意識に「顔」の付いている方を差し出すが、
 裏返しだと何となく失礼だと思うのだろうか、不思議な感じだ。
 さて、自然界には表も裏もなく人間が勝手に表だ裏だと言ってるだけか。
 妙に納得。
 




《 小岩井の一本桜にも負けないよ / ウラの森・一本水木 》




《 黒豆と胡桃のパウンドケーキ 》

  ハックルベリーはアイスクリームに回しました。
  アイスクリームは卵と生クリームとグラニュー糖+ダークラムがベース。
  卵3, 生クリーム200cc, グラニュー糖60g+ダークラムが20cc。
  卵白と黄身を分けてホィップ。こうすると途中の撹拌無用!
  姫リンゴはオーブンで焼きます。水分足りなかったかなぁ〜

  今日は沖縄名護市の市長選挙。
  投票権はないけれど、何となく気になる・・・
  投票用紙には表とウラはあるよ、ね。

2014年1月16日木曜日



冬の仕事 ①
















  《 これなぁーんだ? 》

1.ブルーベリー
2. 熟し過ぎたチェリー
3. ハックルベリー

答えは、3 の「ハックルベリー」。

年末にジャムを作ろうと思ったのですが、一見ブルーベリーのこの姿、
同じ「ベリー」類なので、間違えそうデス。





灰汁が強く、処理の過程で驚きの色に!

重曹を入れたら・・・化学変化で
まるで「ソーダ水」のように。

黙って出したらそう思う?





最終的には「ワイン」のように。
とても鮮やかな色に落ち着きました。

煮詰めて煮詰めて・・・
パープル色のジャム。
肝心の味は、ブルーベリーより
爽やかな(レモンの影響あり)甘さ。







「ハックルベリー」、何処かで聞いたことがあると思ったら、
トムソーヤの仲間として冒険童話に出て来た名前だった。
生の果実が少ない冬は、ジャムやコンポートの出番が多くなる。
定番はヨーグルトやパンのお供だが、
黒豆やドライフルーツと合わせてパウンドケーキに入れてみよう。

ジャムや保存食 /
意外と手間がかかるが、先にやるか、後にやるか。
発想の転換を /
溜まった仕事を片付けたい。冬だから、冬にこそ。


2014年1月13日月曜日


 風土とfood





















理由あって出席した昨日の成人式
白いストールをまとう華やか鮮やかな和装姿にタキシードの新成人。
生まれた年は1993年だと気づいた。
過去完了形となった20代、何をしていたんだろうなぁ、と思い起こす。
ン十年後に雪の国に住んでいることになるとは、想像もしていない「あの頃」だ。

ピザの味を初めて知った時
「フライドポテトやハンバーガーって美味しいね」と友人達と言い合ってた時
ナタデココ? タピオカ?「何それ?」と聞いたことがあった時
タコスにトルティーヤ、巻いて食べる皮を発見した時・・etc
未知の食との遭遇は年々増えていき、まさにaround the worldだった頃か。


                                       


《 帰りは猛吹雪で橋の上はwhite out  》

戦後、日本の食ほど劇的に変わった国は少ないと
聞いたことがある。
輸入の解禁でさらにそれが加速され、長い時間をかけて今に至っていて、
と言っても加速が進んでいる感じもするが止まらない。

日本食文化の衰退に警鐘を鳴らす声も聞こえ始めた頃に届いた「無形文化遺産」。
和食推進協議会(会はあるかも)や新たな経済を作る意図があるかもしれないが
食は風土にあり、再考する大きな機会を頂いた。

おせちに食を考えた新年そうそう
何処にウエイトを置くか、心の中で答えは出ている。
最も見えないところに心を割いて、素材と向き合うことを重ねていくだけだ。
地味だけれど、手を抜いてはいけないことだとまた学ぶ。




つぶつぶ料理を皆で頂いた。
 岩手は「雑穀王国」でもあるが
 戦前は冷害や干ばつで苦しんだ
 歴史も残っている。

 当時は白米の代用でも
 自然食で雑穀に光が差した。
 つまりは、
 最先端を行ってたことになる。
 まさに温故知新♬

2014年1月8日水曜日


New year の食事


《 日本文化は素晴らしい / 美しい切手 》


お正月だの言ってるウチに早くも七草粥?えっ? という具合で日が過ぎてゆく。
元旦には、鶏ガラ+昆布+削り鰹から仕立てた雑煮を食べたが
これぞ「日本の正月」と実感したばかりだと思ったのもつい8日前のこと。

億劫だと言いながら毎年「身の丈おせち」をこしらえて来たが、
「これでいいのか?」と疑問を抱くようになってきた。
「これでいいのだ」とバカボンのお父さんのように言いたいところだが、
果たしてそれでいいの?とまた反問する。

おせちに端を発した「食」のこと。
季節を食する意味で「旬」の素材を使って料理をすることが一番だと
分かっていながら、心の何処かで脱線している部分に触れている。

続いた新年会、勿体ないほどの料理にみんな食べきれずgive upの声が。
「モッタイナイ」精神のワタシもどうにもできず「u〜」と溜め息が。
形を重んじると何かがくずれ、型をとろうとすると無理が出る。

新年もいつもと変わらずありたいが、何かを意識するのも新年ならではだ。
料理を言うなら簡素な中にも美しさを感じる事が理想だが、
ことばで言うほど優しいものではなく、
サイコロ双六の振り出しに戻ったところで考えたい。

という事でやっぱり新しい年を意識する?






2014年1月4日土曜日


一年の計は元旦過ぎてもあり?


《 あまりの大雪に言葉がない雪オトコ 》


《 地に根ざし2014年を想う 》



大晦日の夜から降った雪で、2014年元旦は雪かきから始まった。
が、そんな甘いものではなく本格的な「除雪作業」で寝正月も返上だ。


「人間万事賽翁が馬」
古い格言なのか最近は聞かなくなったけれど、今年の干支だということで思い出す。
幸せが不幸に、不幸が幸せにいつ転じるが分からないのだから、安易に喜んだり悲しんだりするべきではないよ、というたとえ。
安易に一喜一憂しない方がいいよ、ということですねぇ〜



《 頭隠して尻隠さず / 逃げ場がない午》

年賀状の返事に2日もかかりながらも投函しに出かけた。
本局なる郵便局は人と車でごった返し。駐車をする余裕もないほどだった。
車と言えば、人を乗せたり荷物を運ぶ時に馬は使役動物として重宝された。
ロバや牛もそうだが、馬車に乗ってゆらりと揺れての移動はどうだった?

人の移動手段はカゴから馬車へ、人力車もあったはず。
川を渡る時は手漕ぎ舟に船頭さん。
そして産業革命以降は鉄道、飛行機へ
スピードも早いが、乗り遅れたら一大事だ。

乗り遅れ気味も良いかな、と思うようになってきた。
ジャズで言うなら「After beat」もあったっけ。
それも良いかな、と思いながらそれでは駄目なのかな、とも思ったり。

2014年。
スィングしながら家族集まり幕開けた。
今年もどうぞよろしく❤