2015年3月30日月曜日



花粉の春 or 霞みの春



《 川岸もすでに雪はなし@葛根田川 》


 魔法が溶けたかのように雪が消えていく。
 わずか2、3日の間にウラの小径も地肌が現れ去年の落ち葉が顔を出す。
 いきなり春がやって来た。
 
 







掃いて集めて腐葉土に....
それにしてもすごい量。
黒土になるんだからねぇ





雪国に住む者にとって春の到来は、
雪の降らない地方に住む人たちより、きっと何倍も嬉しいことに違いない。
制限されていた外での仕事を再開できる喜びや
今年の春は何を植えようか、何にチャレンジしてみようかな、とか
できないかもしれないことでも、いっとき夢は膨らむ。







    途中段階のカボチャのプリン
    キャラメルソースも
    きちんと仕込みます。
    




「こんな野菜が欲しいけど...」
 産直のMさんと話す機会があり、リクエストをしてくださいと逆に依頼?された。
 在来種のもの、そうではないもの、野菜の種類は増えている。
 畑の準備はまだまだ先。



《 最後の雪だるまBy Y 》








2015年3月23日月曜日


寒さ暑さも彼岸まで?















@秋田市 / C寺
早くも咲いていた「キクザキイチゲ」
我が家のウラではまだ冬眠中なのに......




何だかんだとあったひと月がやっと終わった。
仕事と用事や行事で殆ど毎日家から出る日が続いたけれど、
終日家の中の事に向き合う時間がとれた貴重な一日。
予定の半分も片付かなかったけれど、内々の穏やかな記念日となった。






霞の空に飛び立つ白鳥の姿は春を告げ、
道路脇に並ぶ、埃を吸着した灰色の雪の塊も溶け出していたのに
午後からの小雪でこれから冬になるような天候に季節は逆戻り。
捉えようのない自然に、何だかもてあそばれているようだ。

" Que Sera, Sera "

「なるようになるさ」
思ってみたところでそのようになるわけではない。
神のみが知っている<自然のみが知っている わけでもない。
何もしないわけにはいかないのが人間だから 
せめて歌ってみるかと口ずさんでみた♬ 









今年初の「おさんぽ」
いつも♀の方が先を行く。
新しい形の「婦唱夫随」
最近ではこちらの方がいいとか。




    
この後雪はさらに降り、20cm以上積もるとは・・・







2015年3月19日木曜日



 食糧計画




《 朝の光を受ける「豆苗」》

 切ってもまた芽が出て来る.... 
 三つ葉もそうだが、豆苗も同様。シャレーの上で元気に成長している。
 スープの浮き実や炒め物に追加、豆腐サラダのトッピングなど重宝している。


 「非常時、イモ中心なら供給可能...」

 A新聞に出ていた記事に目が行った。
 食料自給率の目標を50%から45%に下げる一方で食料生産力を示す内容だ。
 
    


 《 高麗人参のように見える?越冬牛蒡 》


 もし、食料の輸入がストップしたらどういう状態になるのか。
 自給できるものはどれだけあるのだろう?
 書き出してみたら意外と多くリストアップできたが、絶対量にはほど遠い。
 米なら生産過剰でだぶついているから安心かと思いきや、
 1日に皆が必要なカロリーを維持するには供給がむずかしくなる見通しで.
 カロリーの高いイモを中心にしたら何とか確保できるらしい。
 想像しがたい「その日」は No thank you だが。

 
 春前なので最後の大根を掘り出した。
 やせ気味のモノもあったが、サラダにピッタリのスリムサイズも嬉しい。
 ●太めの拍子切り+千切りポーク+獅子唐ガラシの黒酢炒め
 ●牛蒡のきんぴらは伝統的バイプレーヤー。
  
 ささやかながら、作物を育てられる土があることに感謝だ。
 牛蒡を噛み締めながら雪溶けの畑に想いがいく。
 いつも計画どおりには行かないけれど........
 
 
 

2015年3月16日月曜日



やっと二桁の気温に













冬前、室内に避難させた花....
いつの間にか花芽をつけ 次々に開花
肥料は一切やらないが
光合成のエネルギーを頂いた。




ゼラニウムは枝を水の中に入れておくだけで発根する。
挿し木で増やせる種類は沢山あるが、暮らしに彩りを添えるコンパニオンだ。


忙しいとついつい忘れる「水やり」
冬場は植物も冬眠状態に入るので、あまり必要としないけれど
乾燥状態も度を過ぎると、イエローラインが点灯する。
春の暖かさにつられ「アブラムシ」の卵も孵化する。

春の光を感じた一日、気温も12℃まで上昇した。
もう雪は降らないかなと思いきや、週末はまた冬型に戻るらしい。


最近よく聞く「地方創生」
人口が減少し高齢化に「超」がつくようになった、私たちが住んでいる国
それぞれの地域が特徴を活かし、
自立的で持続的な社会を作ることができるよう目指すことを意味する、とある。

一人にでも当てはまりそうだ。
それぞれの人が特性を活かし自立的で持続的な人生を送ること......を目指す

簡単なようで、むずかしい。むずかしいようで簡単?
これは根気も要りそう。。



2015年3月11日水曜日



あの日 あの時














自然のことは分からない。
朝から 吹雪♪ 吹雪 氷の世界 ......
お手上げの一日

(夕方撮るとなぜかブルーフォト)



「荒れる」
天気予報で覚悟していたものの、この時期では過去最高の積雪になった。
地面が顔を出し、冬は終わったと思い込み?除雪機にさよならするも再起動。
一晩で50センチは積もっただろうか。

予定の会議に遅刻はしたくない、30分も早く家を出るも
視界を阻む雪と風に、5m先も見えなくなる。ああ無情。
道路でダンスはもういやだと、慎重に走りギリギリ間に合った。





 

       
 
      「こんなに降るとは」
        夕方5時20分
        記録に撮っておく。






4年前のあの時は今もはっきり覚えている。経験した人は誰でもだ。
思い出したくないことはあまり会話に上がらないというが、
今も23万人を超える方達が「仮の生活」をしている事はあまり伝わってこない。


雪に覆われた屋根の瓦が、凍害で何枚も壊れたり柱が割れたり、
春になれば、修繕する箇所がどの程度でどう修理するかと思案したりするが、
ここで暮らしていく基本は変わらない。







   あの日いらい、暮らしや仕事の場が大きく変わった人たちがいるという事実。
  フクシマの悩みはさらに複雑で、今後の進路に疑問符が残ったままだ。
  食べ物に対しても気にかける人たちが沢山いる現実。
  風化していくことに歯止めをかけるというが、むずかしいことも知っている。
  忘れたいこともあるけれど、
  忘れてはいけないことだから 考えたい。


2015年3月9日月曜日



路上でダンス












 啓蟄だよと言われ、
 そう言えばアリが出て来てるし
 鶏小屋の住人もよく鳴いているし....
 何より、光の眩しさに感じる 春
 




もう雪はないだろうと思っていた日の朝、
雨と雪の中間のような重く湿った雪が久しぶりに沢山降った。
会議の時間に遅れないようノロノロ走る。重い雪にハンドルを取られながら。
ジャブジャブとシャーベット状態の道路をゆっくり走っていた瞬間
ハンドルが言う事を聞いてくれず、くるっとターンをして縁石に乗り上げてしまった!

遅れることを電話で告げ、JAFに連絡(生まれて初めて!)
すぐ引き上げてもらえると思っていたけれど、
同様のケースが朝から相当数あり、いつになるか分からないという。

結局、路上に真横に寝ている車はそのまま4時間以上放置される事となった.....
という顛末。 いわゆるハイドロプレーニング現象。
良い教訓となった。



《 屋根からの落雪はまだモンブランのように残ってて...》


人口知能でオートドライブ?
近い将来、コンピューターが人間を超えて知的能力を備えるようになったら
ハンドルを握らなくても目的地まで車を走らせてくれる、
そんな時代が来るかもしれない、というニュースを聞いた。
すでに試行段階から次のステップに移っている、とかいう話だ。
そう言えば、そういう車があったなと思い出す。


冬道走行も大丈夫なのだろうか、
ブラックアイスでも滑らないのだろうか
ハイドロプレーニング現象に陥っても切り抜ける?  
いずれにしても、100%の安全は...ないと思うんだけど。

今日は10 ℃まで気温が上昇
南側の雪はハイピッチで溶け出し始めたが、北側はまだまだ。。。






2015年3月2日月曜日


 振り返る



《 空の色とコーディネートした田の装い 》

 
 もう少しゆっくり過ぎてくれない? 
 思わず言いたくなるような早さで2月も終わる。
 明るい時間が長くなり、春の方へと近づいていくのがはっきり分かる。
 それにしても追いかけられるように過ぎてゆく。
 こんなはずではなかったけれど....

 春の雪は重くもたれたように降ってくる。
 バシャバシャと、雨と雪の混じり合った道を抵抗感を踏みしめ歩き、
 ウィンドウの、長靴に見えないような洒落た長靴を横目で見ながら
 畑作業の時はこれがいいかなぁ、などと呑気なことをふと思う。


 
 上旬に上京した。
 闘病中だった方が逝去されたと連絡を受けて駆けつけた。
 早くなった新幹線はあっと言う間に東京stに着くが
 車中は数少ない記憶テープを巻き戻ししながら振り返る。
 家族や友人、そしてココロ寄せる人たち
 存在は普段無意識がゆえあまり気づかなくとも、
 つながりという関係の中で静かにゆっくり紡いでいるのだ。
 振り返ることはそれほど多くないけれど、その機会をまた与えられた。


   明日も曇天 雨雪 という予報。
 .....という間に、日付が変わってる。